アニメ『銀河英雄伝説』『新釈 眞田十勇士』『鬼神童子ZENKI』などのプロデューサー田原正利(正聖)の制作日記

田原正利のプロデューサー日記

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ラッキー?
先日、ビデオカメラが突然故障。再生はできるのだが録画ができない。何もファインダーにもモニターにも映らないし写らない。(正確には録画ができないとわけではなく、真っ黒な画面が録画されるだけ)

修理に出して、メーカーから修理見積もり10700円という連絡が来ていたのだが、今日になって実は修理部品が手に入らないので、その値段で新品の「同等品」と交換しますと連絡があった。「同等品」といいつつ、修理品は随分前の機種で、勿論同じ製品はない。そのメーカーでは既にテープ(DV)を使う機種は生産終了しているのだが、その最後のテープ式ビデオカメラと交換になると言う。ハイビジョン対応だし、いまだに7万円台で販売されているような機種だし、新品になるというのはありがたい。ただ、これまで使っていたのは高額22倍ズームで500g台の軽量が魅力だった。新品は光学10倍ズームで重量も1キロを越える。これはカメラとしては結構使いずらい。デジカメ以上にビデオカメラは重量が重要なポイントだ。
それにこれまで、同じメーカーのデジカメとバッテリーの互換性があって、互いに予備バッテリー代わりに使えたのだが、そういう利便性もなくなる。

まぁ、でも取り敢えずこれまで撮り溜めたDVテープの再生機と考えれば、この時点で新品になるのは機材の寿命という点では間違いなくプラスだ。メーカーもそれを考慮して「修理不能」で片付けるわけに行かなかったのだろうか。
しかしDVテープは完全に旧世代のものになってしまったようだ。今回の機材が「元気」なうちに、これまで撮り溜めたテープをDVDなりに移しておかなければならない。そう考えると気が遠くなりそうだ。

そんな訳で手放しで「ラッキー」とは言い切れない出来事だった。

あ、因みに今回の故障でバックアップ的にXactiを購入した。軽いしビデオとデジカメの機能が1台ですむ。今後、撮影はこいつの独擅場かな。




| 未分類 | 03:03 | トラックバック:0コメント:0
慣れないシチュエーション
またまた『銀河英雄伝説』の舞台の話

ちょっと前の話になるが、舞台の立ち稽古が始まった日、演出の方からの要請で、キャストの皆さんの前で各キャラクターの詳しい説明をすることになった。
各キャストの方も、前から作品のファンだったと言って下さる方や、今回の出演が決まってから原作を読んだりアニメを見たり、事前に熱心に勉強してくれている方もいる。しかし、その読み込みの度合いはまちまちだ。抱いているイメージが共通のものかどうかは分からない。まして中にはコミック版しか読んだことがないと言う人もいるし、全然予備知識なしの人もいる。そうした人たちの認識を一致させるために、一応の指針を示して欲しい、と言うのだ。
舞台の脚本は『銀河英雄伝説』全体の15分の一を切り取って、更にいろいろな意味で四捨五入してできている。その切り捨てた部分もバックボーンとしては存在するのだから、その「脚本を読んだだけではわからない」ところを説明し、役作りの参考にしてもらおうということだ。
くどいようだが、今回の舞台はアニメの舞台化ではない。だからアニメ版の解釈ではなく、原作でこういうエピソードがあって、こういう性格に描かれている、ということをキャスト全員の前でザッと説明する、という趣旨だ。

 それは良いのだが、これが妙に緊張した。
 メインキャストとアンサンブル合わせて約50人に、所謂扇型に集まってもらって要の位置で説明したのだが、この50人の視線が圧力となる。
私だって、これまでもイベント会場で1000人以上を前に喋ったこともあるし、TVカメラの前で話したこともある。そういう時は大概司会者かインタビュアーがいて、こちらは聞かれたことに応えていれば済むのが、今回は一人で喋る「講義」のような形になってしまったこともあるが、それだけではない。舞台上から客席を見ても良く見えない。TVカメラはその向こう側を意識しなければ、単にそこにはカメラマンがいるだけだ。ところが今回は同じ空間で、至近距離で50人というのがプレッシャーだ。
しかも役者さんたちは所謂「眼力(めぢから)」と言うものがある。その眼でじっと見つめられている中で喋ると言うのは、これほど圧力を感じるものなのか、と実感した。「気圧される」というのは、こういう状態なのだろう。
これまでも声優さんにキャラクターの説明をしたりすることもあったが、これほどの集団を前にするのはやはり違う。
妙に疲れて、慣れない事はするのもではない、と思ったが、同時に舞台の役者さんたちの迫力と言うものを実感できた気がして、期待は高まったのだった。
| 未分類 | 09:37 | トラックバック:0コメント:0
帝国側は様式美の世界
『銀河英雄伝説』を舞台でやると言うと、一番の懸念事項は誰が考えても「艦対戦はどうするの?」だろう。ファンは気楽に「戦艦の着ぐるみが出るんだろう」とかバカなことを言って面白がるが、もちろんそんなことはしない。いや、そういう見せ方の演出も手法としてないわけではないが、今回の狙いにはそぐわない。
で、何をやるかと言えば、具体的にはまだ公表できないのだがキィワードは「ギリシャ悲劇」の「様式美」だ。
これもまだ具体的なことは言えないのだが、舞台『銀河英雄伝説』は、今回の「帝国編」で終わるつもりはないようだ。公演のテーマごとに手法も変わるだろう。それは『銀河英雄伝説』の舞台表現の正解を探っていく課程になるかもしれない。しかし取り敢えず今回の「帝国編」は「様式美」で行くことになった。
ただ、それはひょっとしたら「演劇と言うものを知っている観客」にしか通用しない手法かもしれないという懸念はある。

「様式美」とは、例えば「歌舞伎の黒子はそこには存在しないものとして見る」というような、観客との約束事が前提となるような世界だ。今回のお客さんが、そういう約束事を最初に理解してくれるか、それが鍵になる。

戦闘シーンを「様式美」で描くことの冒険は、そうしたリスクも覚悟で始めたことなのだが、ここへ来て場面転換や心情表現などにもその「様式」を取り入れる方向になっている。まぁ、どうせやるなら中途半端より徹底してやったほうがいいのかも知れないが、観客にも「舞台演劇を観るためのスキル」を要求するような作りになるのが大丈夫かと言う不安はある。
先にも書いたが、今回はキャストのファンで観に来る人が大半なのだ。その人たちに「何これ?」と思わせてしまったら失敗なのだが………。

幕が開いて観客の反応を見るまで、この不安は拭えないのだろうな。

| 未分類 | 23:52 | トラックバック:0コメント:0
舞台『銀河英雄伝説』公開まであと1ヶ月
『銀河英雄伝説』を舞台でやりたいという話を聞いた時、まず「無理でしょう」と言った話は舞台の公式HPでも書いた通りだし、その後に思い直した経緯もその通りなのだが、いよいよ公開が近づいて来て、改めて難しさを実感していることが多々ある。

まず『銀河英雄伝説』の原作には、軽妙洒脱なユーモアがある。田中作品の特徴である俗に「陰険漫才」と呼ばれるようなシーンだ。だが、それは殆ど同盟側で演じられて、帝国側は基本的に質実剛健、謹厳実直、真面目、例外はあっても大きく崩れることはない。言い換えれば作品全体のトーンは重厚長大でありながら、同盟側の軽快さが作品全体を救っている重要なファクターになっているということだ。
今回、『銀河帝国編』ということで同盟側は一切描かないことになった。これは最初からの方針ではなく、双方を描くと話が長くなり過ぎて、とても1公演ですまなくなるということで途中から方針転換した結果だ。それはそれで正解だと思うのだが、帝国側の話に限ってしまうと「堅い」「暗い」「重い」話に偏る危険がある。
だから「総合監修」の立場の判断で、敢えて軽い笑いが取れるようなシーンを入れることを薦めた。最終的に場面に入るかどうかは総合プロデューサーの判断になるが、私の考えとしては原作が持っているバランス感覚を、帝国側だけで描くなら、そういうシーンも必要だと思うのだ。(逆に言えば「総合監修」的には「このくらいまでならやっても作品は壊れない」という線を引いたつもりでもある)
まして舞台公演である。観客の大半は『銀河英雄伝説』を観に来るのではなくキャストを観に来る(………半分くらいは松坂君を観に来る)のだろうから、キャラクターの魅力を出さねばいけないと思うのだ。格好よく艦橋の指揮席でふんぞり返っているラインハルト、ヴェスターラントの件で苦悩するラインハルト………だけでなく、10歳の頃の決意をそのままに持ち続けている=少年のメンタリティを持ち続けているラインハルト、その「可愛げ」も描いてやらなくてはキャラクターの魅力は出ない。言うなれば重厚長大だけでは『銀河英雄伝説』の魅力は語れない、ということでもある。
アニメ化が始まった初期の頃、雑誌のインタビューで「ラインハルトは可愛い奴だと思います」と答えたことを覚えている。その考えはずっと変わっていない。ファンの間でキャラクターの人気を問うと、帝国側だとキルヒアイスやロイエンタールにラインハルトは負けていると言うが、それは実はこの「可愛げ」がちゃんと理解されていないからではないかとさえ思っている。その意味でも、できれば舞台ではそれを出したいと思うのだが、果たしてどうなるか。
| 未分類 | 10:52 | トラックバック:0コメント:0
舞台『銀河英雄伝説』その後
現在進行形の仕事は水面下で進むことが殆どなので、結局ブログとかに書けるネタが少ない。
舞台の『銀河英雄伝説』も、最初に企画が上がってから2年は経つ。

公開まで1ヶ月ちょっとに迫り、12月1日からいよいよメインキャストの稽古が始まるところに漕ぎ付けた。(アンサンブルの稽古は既に始まっている)
脚本も固まり、演出プランも練られ、美術、衣装など具体的な作業も進んでいる。この時期になったので、そろそろ話題にしてもいいだろう。

今回は総合監修ということで、大局的に観て大きく世界観から外れていないかなどを見る役割なのだが、これが結構バランス感覚が難しい。
誤解されると困るが、「原作がこうなっているから原作の通りにしろ」「アニメでこうしたからそれに合わせろ」というのが私の仕事ではない。
小説と言うのは読む人それぞれの受け取り方がある。こだわりの部分が皆異なる。

例えば(実は現時点でいまだに結論が出ていないのだが)アンスバッハの指輪。原作では凶器として重要な役割を果たすのだが、舞台で見せるにはいろいろ問題がある。映画やアニメのようにカメラが寄れる訳でもなく、実際に光線が出せる訳でもない。観客席から見て何をやっているのかわからなかったら独りよがりになるだけだ。
もちろんやりようはあるのだが、舞台演出の見せ方として何を優先するかと言う話になった時、私の判断ではマストアイテムではないだろうと思った。だから脚本では違うものになったのだが、美術スタッフからは「あれは指輪でしょう」という逆のこだわりが提示されたりする。受け取り方は本当に人さまざまだ。

スタッフ間でさえそうなのだから、観客の中の原作ファンやアニメ版のファンからすれば、「違う!」の大合唱が起きるかもしれない。もっとも、その合唱の中身はバラバラだったりするのだろうが(笑)

今回の観客の6~7割は『銀河英雄伝説』を知らないと想定されている。その人たちにわかってもらわなければならない最低限は何か? そこに主眼を置いて切るべきは切り、変えるべきは変えていかないと舞台劇は成り立たない。そうは言いつつ、他ならぬ『銀河英雄伝説』である為の要素、切ってはいけない、変えてはいけない部分を死守する、そういう意味でのバランスが難しい。

オーベルシュタインの台詞で「AにはA、BにはB」というのがある。原作ではルビを振ってドイツ語風に「アーにはアー、ベーにはベー」と読ませている。アニメの時は音響監督の反対を押し切ってその通り読んでもらった。それはアニメ全編でドイツ語風の読みを多用し、視聴者にも慣れてもらってそういう世界観だと浸透させることができると踏んだからだ。だが今回は「エーにはエー、ビーにはビー」で行こうとしている。それはこの舞台公演のお客さんはこの公演だけで情報は完結されているので、そこで理解できないと困るからだ。

原作にしても帝国を全部ドイツ語風にしているわけではなく、もともと日本語で書かれている関係上外来語として馴染んでしまっている英語(元英語?)は普通に会話で出て来ている。初めて見るお客さんは「エーにはエー、ビーにはビー」に違和感を感じることは100%ないだろう。むしろ「アーにはアー、ベーにはベー」と聞いてすぐに理解できるだろうか? 
もちろん「「アーにはアー、ベーにはベー」と読ませる方が原作の世界観に忠実だし、それが作品の味と言うものだ。だからアニメでは使った。今回は使わない判断をした。そういうことだ。

他の要素にしても全て、それが「マスト」なのかどうか、個別に判断をした結果、変えるものやカットするもの、付け加えるもの、吟味した結果がこうなりました、と言うことだ。

その辺を読み取ってもらえるとありがたい。個々のこだわりはわかるし、それぞれの「ツボ」は違う。だが、「違う!」と脊髄反射で否定するのではなく、ちょっと冷静に考えて欲しい。あなたがこだわっている「それ」は、果たして『銀河英雄伝説』の作品の本質に関わるエッセンスですか? 何故アニメでは、舞台では、こう変えられたのだろうか? そうすると、別の見方や考え方が出て来るかもしれないし、より深く作品を理解することになるかもしれない。


さて、先日キャスト9人のチラシの絵柄を見たファンの声(?)で、「フリードリヒとアンネローゼ以外は似てねえじゃねぇか!」というのがあって笑ってしまった。
(私は逆にフリードリヒがアニメ版のイメージに近過ぎるのを気にしたぐらいなのだが、まぁこれはご愛嬌)

まず、改めてお断りしておくが、今回の舞台はアニメ版の舞台化でもコミック版の舞台化でもない。「似てない」というのは誰に似ていないのだろうか? 発言者は本物のアンネローゼに会ったことでもあるのだろうか?

アニメ版のキャラクターの認知度が高い(中には『銀河英雄伝説』とはアニメが原作だと思っている人さえいるようだが)のはありがたいことだが、あくまで原作は小説であり、各キャラクターはイメージしかないのだから。イメージと違うならともかく、似てる似てないの議論はナンセンスだろう。

そういうことも含めて、もうちょと考えてから発言して下さると嬉しいのだが………ね。
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