アニメ『銀河英雄伝説』『新釈 眞田十勇士』『鬼神童子ZENKI』などのプロデューサー田原正利(正聖)の制作日記

田原正利のプロデューサー日記

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「青少年保護育成条例」に反対? 賛成?
「お上」がこういうことに介入することに基本的に反発する方なのだが、TVなどで「文化人」が声を揃えて反対しているのを見ていると、却って冷静になる。何か「規制」と聞いて「反射」で「反対」と言っているように聞こえてしょうがない。
条例案の内容自体はそれほど理不尽なことを言っているように見えない。反対する側は「規制」を一旦許してしまえば恣意的に濫用されて「表現の自由」が侵される端緒になるというのだが、それこそ「毒蛇は卵のうちに殺せ」ではないのか?
条例などで明文化されて、その運用範囲を細かく検証していく方が有用なのではないか?
逆に、結局基準を有耶無耶にしてしまうと、「放送禁止用語」や「差別用語」のように明確な基準が無いままに出版社などが過剰に自主規制してしまって、却って表現の自由を狭めることにならないか?
作家の良心や良識で歯止めが掛けられるというのは性善説的な考えで、特に今のようにインターネットなどで情報発信が自由にできる世の中だと、発信者にどういう性根の奴がいるか分からないし、受け取る側はもっとそうだ。犯罪を誘発するような煽情的なものは「表現の自由」で放置してよいものではないのも事実だと思う。
性の問題を秘め事にし過ぎると、却って犯罪に繋がるからOPENにした方が良いという考え方にも一理あるが、犯罪や変態性向を助長するのは反対だ。だから禁止する基準は必要ではないのか?
もちろん、その基準の決め方を「お上」に任せるのではなく、それこそ「有識者」や「文化人」だけでない衆智を集めるような方法論を考えるというのは?
まぁ戦前はそういう「有識者」や「文化人」も「御用」の先棒を担いでいたという歴史も承知している。
だからもちろん「言論統制」に繋がるような動きは警戒しなければならないのだが………。それだけに「シズカちゃんの入浴シーンが見られなくなるから反対!」などと馬鹿なことを口にする?輩が「反対派」にいると、「反対」の主張そのものが鼎の軽重を問われるというか、却って足を引っ張るだけではないのか?

また基準を設けても「抜け道を探す奴はいて、いたちごっこになる」「アンダーグラウンド化する」などの議論もあるだろうし。

正直、ちょっと考え方に迷っている。一概に「反対!」とも「賛成!」とも言い難い感じだ。

今回は廃案になるだろうと思うが、ちょっと皆が冷静になってからちゃんと議論を尽くしたほうが良い問題の提起にはなったのではないか?





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